船岡山城 From Wikipedia, the free encyclopedia 別名 船崗山城、山名城城郭構造 山城天守構造 なし築城主 大内政弘logo船岡山城(京都府) 船岡山城(横堀跡)別名 船崗山城、山名城城郭構造 山城天守構造 なし築城主 大内政弘築城年 応仁元年(1467年)主な城主 大内政弘、山名教之、細川政賢遺構 削平面、土塁、横堀指定文化財 国の史跡位置 北緯35度2分22.916秒 東経135度44分30.721秒 / 北緯35.03969889度 東経135.74186694度 / 35.03969889; 135.74186694地図 船岡山城 テンプレートを表示 船岡山城(ふなおかやまじょう)は、京都市北区にあった中世の日本の城(山城)。別名、船崗山城、山名城とも呼ばれている。 船岡山城は、応仁元年(1467年)に始まる応仁の乱の西軍の城として船岡山に築造された。翌年、東軍によって落城し、その後は東西両軍とも利用しなかったため、廃城となった。臨戦用の陣城と推定されており、恒久的な城郭施設の存在は不明である。遺構としては山腹に横堀が掘られており、堀の外側土塁が積みあがっている。また山頂部にはかなり広い削平面が確認でき、典型的な中世の山城であった。 沿革 応仁の乱で、備前国守護の山名教之や丹後国守護の一色義直らが船岡山城で立てこもった。この時に、西軍は船岡山一帯を陣地としたため、その後「西陣」の名で呼ばれるようになる。 次は、永正8年(1511年)に細川政賢と大内義興の間で繰り広げられた船岡山合戦が行われた。 アクセス 北大路駅(京都市営地下鉄烏丸線)より京都市営バス乗車、船岡山バス停または建勲神社前バス停下車 参考文献 『日本城郭大系 第11巻 京都・滋賀・福井』新人物往来社、1980年。 関連項目 日本の城一覧 建勲神社 船岡山合戦 外部リンク ウィキメディア・コモンズには、船岡山城に関連するメディアがあります。 船岡山、京都市観光情報システム 船岡山公園、京都市情報館 船岡山公園、JR東海 Related Articles