船橋小学校爆弾騒ぎ
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学校日誌の記録
回想
当時船橋警察に勤務していた渡辺良雄(後の船橋警察署長)は、「関東大震災の追憶」の中で、「避難所を掃除していた小学校の用務員が、黒焦げになった砲丸型の物体を発見し警察署に持参した。職員らは爆発物に関する知識が乏しかったため「てっきり爆弾と思い込み、危ないから近寄るな」と指示し、大騒ぎとなった」と語っている[4]。
関係者である朝鮮人は連行される際に校内の自警団から暴行を受け、渡辺自身も「夏の白服が血で真っ赤になった」と記すが、治療によって命は取り留めた。最終的に砲兵隊の鑑定で、それが「単なる砲丸の模型」であることが判明し、爆弾ではなかったことが確認された。