船越逸平 From Wikipedia, the free encyclopedia 船越 逸平(ふなこし いっぺい、1885年〈明治18年〉9月12日[1] - 没年不詳)は、日本の実業家。家業である石灰製造業を継いだのち、富岡無尽株式会社の初代社長となった[2]。徳島県那賀郡富岡町出身[2]。旧名・幸平[1]。 1918年富岡無尽合資会社代表社員に就任し、1936年5月24日に株式会社へと組織変更された富岡無尽株式会社の初代社長に就任[3]。 就任から3ヶ月後の8月23日代表取締役を退任[4]。二代目社長として石灰業者として最大の事業規模を持つ樫野恒太郎が富岡無尽株式会社の経営を立て直した[4]。 その後、町会議員[1]や徳島相互銀行社長[5]、徳島空港ビル株式会社取締役会長[2]を歴任した。 脚注 1 2 3 「阿波人物鑑 : 御大典記念」国立国会図書館デジタルコレクション 1 2 3 「日本の礎」国立国会図書館デジタルコレクション ↑ 「徳島市史 第3巻 (産業経済編・交通通信編)」国立国会図書館デジタルコレクション 1 2 「徳島相互銀行四十年史」国立国会図書館デジタルコレクション ↑ 「日本信用紳士録 全国篇 1969年版」国立国会図書館デジタルコレクション 関連項目 徳島銀行 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 Related Articles