良雲院 安土桃山時代から江戸時代初期にかけての女性。徳川家康の側室。父は甲斐武田家の旧臣である市川昌永。 From Wikipedia, the free encyclopedia 良雲院(りょううんいん、生年不明 - 寛永14年3月12日(1637年4月7日))は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての女性。徳川家康の側室。名は竹。父は武田家の旧臣である市川昌永(市川氏)とされる[1]。 於竹の方(おたけのかた)[2]。 生涯 武田家の旧臣である市川昌永の娘とされるが、他にも武田家旧臣である穴山信君や秋山虎康、または武田信玄の娘であるという説もある。天正8年(1580年)に徳川家康との間に三女の振姫を出産していることから、この頃に側室となったと考えられる[3]。しかし、振姫の生母を家康の側室である下山殿とする説もあり、定かではない。 寛永14年3月12日(1637年4月7日)、死去。戒名は良雲院殿天譽壽清大姉。墓所は東京都台東区にある西福寺。また供養塔が長野県長野市の善光寺にある[3]。 脚注 [1]他にも穴山信君、秋山虎康、武田信玄の娘とする説もあり、詳しくはわかっていない。 [2]https://okazaki-kanko.jp/okazaki-park/feature/history/%20wives [3]秋元茂陽『徳川将軍家墓碑総覧』(パレード、星雲社、2008年、p56) この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles