この節の出典:[6]
江戸時代中期に書かれた「見聞雑録」に、芥川義矩の忍術のことが書かれている[5]。
ある晩、刺客が義矩宅に忍び込み隙間から隙を狙っていた。義矩は土間で薪割りをしていた。斧が振り下ろされ、薪が真っ二つになったと思ったら、同時に刺客の右腕も肩から切り落とされていたという。また、藩主から酒席にて忍術の披露を求められた折に、宴席の腰元たちが気付かぬうちにその腰巻きをすべて剥ぎ取ってみせた話など数多くの忍術の伝説が残っている。
松本市県1丁目に義矩を顕彰する碑が残されている[7]。
義矩ゆかりの松本城では、子供が忍者や、甲冑姿等を体験出来る(大人も参加できるものもある)プログラムがある[8]。