花野裕祥
From Wikipedia, the free encyclopedia
大阪府泉北郡出身。小学校のころからスポーツ万能・勉学優秀だった。実姉の影響で、忠岡中学1年よりバレーボールを始める。忠岡中学校の黄金期のパイオニアとなる。(1年後輩大阪ベスト8・3年後輩大阪2位・4年後輩大阪2位・6年後輩大阪3位)中学時代の最高位は夏の大阪大会でベスト8。当時の監督・大谷忠は『私が携わったチームの中で一番まとまりがあり強かった』と振り返る。
姉は大阪南選抜に選ばれたが、本人は最終選考まで。高校へはスポーツ推薦ではなく一般入試で上宮高校英数コースに進学。上宮高校時代はアタッカーとして活躍しインターハイで準優勝した。その時のエースアタッカーだったのが高橋智則。
一般入試で筑波大学に進学。
卒業後は富士フイルムへ入社し、リベロとして活躍。2002年の休部後、海外に活躍の場を求める。 サントリー時代の2005年、代表の正リベロでもあった津曲勝利からポジションを奪い、全日本代表に初選出された。 2009年、国内3チーム目となる豊田合成で現役生活を終えた。
球歴
- 全日本代表 - 2005年
- ワールドリーグ - 2005年