英太郎 (新派俳優)
From Wikipedia, the free encyclopedia
初代 英 太郎(1885年1月19日 - 1972年4月3日)は京都府(大阪とも)出身。本名は上田英太郎。俳名は寸魚。
大阪高等商業学校卒業[1]。銀行員を経て、1902年に成美団に入り秋月桂太郎に弟子入りし、1903年に大阪朝日座で「金色夜叉」でデビューその後大阪新派のスターとなる。昭和に入ってから花柳章太郎に譲り、女形には欠かせなかった。1954年、第4回芸能選奨受賞。1979年4月2日の午後、明治座で「太夫(こったい)さん」の薄雲太夫役で出演中に気分が悪くなり病院に搬送。翌日午後3時42分に肝臓がんのため慈恵大附属病院で息を引き取った。[2]
87歳没。
養女は英つや子(本名:上田鳶)。
1968年にはテレビドラマ 東芝日曜劇場「女と味噌汁その11」(TBS、咲村はるな役)にも出演。
- 栄典
紫綬褒章 勲四等旭日章など