茅野市尖石縄文考古館
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| 施設情報 | |
| 前身 | 茅野市尖石考古館 |
| 事業主体 | 茅野市 |
| 延床面積 | 930 m2 |
| 開館 | 1955年11月3日 |
| 所在地 |
〒391-0213 長野県茅野市豊平4734-132 |
| 位置 | 北緯36度0分48.84秒 東経138度14分2.27秒 / 北緯36.0135667度 東経138.2339639度座標: 北緯36度0分48.84秒 東経138度14分2.27秒 / 北緯36.0135667度 東経138.2339639度 |
| 外部リンク |
www |
| プロジェクト:GLAM | |
茅野市尖石縄文考古館(ちのしとがりいしじょうもんこうこかん)は、長野県茅野市にある考古博物館。尖石・与助尾根遺跡およびその周辺遺跡の出土品を収蔵・展示している。
1955年11月3日に茅野市尖石考古館として開館[1]。初代館長は宮坂英弌。収蔵品の増加により、1979年に現在地に移転[2]、2000年7月20日には「茅野市尖石縄文考古館」としてリニューアル・オープンした[3]。
蓼科山麓周辺の先土器時代の遺跡出土品、八ヶ岳西麓の縄文時代の遺跡出土品を中心に、市内各地の遺跡から出土した土師器、須恵器、古墳の副葬品、石器、土製品などを中心に考古学資料約3000点を収蔵している。
また、考古館周辺では2019年まで毎年「八ヶ岳縄文の里マラソン大会」や、「茅野市5000年尖石縄文まつり」が行われていた。以降は新型コロナウイルス感染症の世界的流行の影響で「第13回八ヶ岳縄文の里マラソン大会[4]」。「第19回茅野市5000年尖石縄文まつり[5]」をもって中止となっている。
2024年(令和6年)、茅野市出身の建築家藤森照信によって”藤森式”竪穴建物の『古過庵』が当館の敷地内の尖石・与助尾根遺跡の隣接地に建設された[6]。
主な所蔵品
文化財
国宝
- 土偶(考古資料) - 長野県茅野市米沢棚畑遺跡出土(縄文のビーナス)。茅野市尖石縄文考古館保管。1989年(平成元年)6月12日に国の重要文化財に指定、1995年(平成7年)6月15日に国宝に指定[7]。
- 土偶(附 土器 8点)(考古資料) - 長野県中ッ原遺跡出土(仮面の女神)。茅野市尖石縄文考古館保管。2006年(平成18年)6月9日に国の重要文化財に指定、2014年(平成26年)8月21日に国宝に指定[8]。
- 中ッ原遺跡 国宝附土器
長野県指定文化財
- 県宝(有形文化財)
- 信州の特色ある縄文土器 158点のうち47点(考古資料) - 茅野市尖石縄文考古館保管。2018年(平成30年)9月27日指定。
- 尖石遺跡 蛇体把手付深鉢形土器
- 尖石遺跡 蛇体把手付深鉢形土器
- 尖石遺跡 蛇体把手付深鉢形土器
- 尖石遺跡 蛇体把手付深鉢形土器
- 尖石遺跡 蛇体把手付深鉢形土器
- 尖石遺跡 蛇体把手付深鉢形土器
- 尖石遺跡 台付小形土器
- 尖石遺跡 有孔鍔付土器
- 尖石遺跡 環状装飾付筒型土器
- 下ノ原遺跡 環状把手のある深鉢形土器
- 茅野和田遺跡 変容した顔面把手付土器
- 勝山遺跡 ふたつの環を持つ中空の把手のある土器
- 聖石遺跡 顔面表現のある吊手土器
- 聖石遺跡 褶曲文のある深鉢形土器
- 棚畑遺跡 X字状把手付深鉢形土器
- 棚畑遺跡 蛇体把手付深鉢形土器
- 棚畑遺跡 注口付土器
- 中ッ原遺跡 蛇体表現のある土器
- 中ッ原遺跡 吊手土器
- 中ッ原遺跡 立体装飾のある土器
- 中ッ原遺跡 立体装飾が発達した深鉢形土器
- 長峯遺跡 いわゆる「抽象文」のある土器
- 長峯遺跡 蛇体装飾のある土器
- 長峯遺跡 顔面表現のある深鉢形土器
- 長峯遺跡 有孔鍔付土器
- 長峯遺跡 有孔鍔付土器
- 長峯遺跡 中空の装飾のある土器
- 長峯遺跡 ふたつの環を持つ中空の把手のある土器
- 長峯遺跡 中空の把手のある土器
- 徳久利遺跡 いわゆる「抽象文」のある土器
- 梨ノ木遺跡 いわゆる「抽象文」のある土器
- 梨ノ木遺跡 蛇体装飾のある土器
- 梨ノ木遺跡 初源的な顔面把手のある土器
- 梨ノ木遺跡 初源的な顔面把手のある土器
- 梨ノ木遺跡 顔面把手付土器
- 梨ノ木遺跡 人体表現のある土器
利用案内
- 開館時間:午前9時から午後5時
- 定休日:月曜(祝日の場合翌日)、祝日の翌日(土・日・祝の場合開館)、12月29日 - 1月3日、臨時休館あり
