久留米商業高では、2年次の夏に県大会ベスト4になった。
高校卒業後は、西日本短大附高の職員となる。福岡で開催されたロッテオリオンズの入団テストに合格し、1985年オフにドラフト外で入団した。落合博満に絡む1対4のトレードで、ロッテの選手枠があふれたために、一時的に任意引退扱いとなった経験を持つ[1]。
しかし、一軍公式戦出場の無いまま、選手登録はわずか1年で練習生扱いとなった。
その後もロッテに残り、1987年から2004年までブルペン捕手をつとめた。2006年は横浜ベイスターズに在籍。退団後はタクシードライバーとなる。