草壁焔太
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終戦後、9歳のときに香川県小豆島に引揚げ。香川県立小豆島高等学校、東京大学文学部西洋哲学科卒。1956年、前川佐美雄の「日本歌人」に入会、1957年、新詩型「五行歌」を創案し、自由詩とともに五行歌を書いた。ライター編集などをしながら、詩歌の活動に専念。1966年第一詩集「ほんとうに愛していたら」を刊行。その後、多くの詩集を出版し、「絶唱」「湖上」[5]「詩壇」と詩歌雑誌の主宰を務めた。四十代後半には、1993年五行歌集「心の果て」を刊行、1994年4月、「五行歌の会」[6]を創立、月刊『五行歌』[7]を創刊し、「五行歌の会」主宰として五行歌の普及に努める。[8][9][10][11][12][13][14][15][16][17][18][19]