荒久古墳
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位置
北緯35度35分44.5秒 東経140度08分16.1秒 / 北緯35.595694度 東経140.137806度座標: 北緯35度35分44.5秒 東経140度08分16.1秒 / 北緯35.595694度 東経140.137806度
形状
方墳
規模
一辺9メートル
| 荒久古墳 | |
|---|---|
|
墳丘現状 | |
| 所在地 |
千葉市中央区青葉町 青葉の森公園内 |
| 位置 | 北緯35度35分44.5秒 東経140度08分16.1秒 / 北緯35.595694度 東経140.137806度座標: 北緯35度35分44.5秒 東経140度08分16.1秒 / 北緯35.595694度 東経140.137806度 |
| 形状 | 方墳 |
| 規模 | 一辺9メートル |
| 埋葬施設 | 横穴式石室 |
| 出土品 | 琥珀製棗玉・馬具・人骨 |
| 築造時期 | 7世紀 |
| 被葬者 | 不明 |
| 史跡 | 千葉市指定史跡 |
| 地図 |
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荒久古墳(あらくこふん)は、千葉県千葉市中央区青葉町の県立青葉の森公園の一角にある、古墳時代終末期(7世紀)ころに築造された古墳[1][2]。1960年(昭和35年)に千葉市文化財(区分:記念物、種別:史跡[2])に指定された。南に横穴式石室が開口するため「石の唐戸」ともいわれる[3]。
墳丘はかなり改変されているが、方墳である。現状では1辺が9メートル。周溝部をみると、一辺20メートルに達していたと思われる。石室は凝灰質性砂岩の切石積みで、短い羨道と玄室からなる。玄室は、長さ2.07メートル、奥壁の幅1.4メートル、入り口の幅1.2メートルである。内部には凝灰質砂岩製の横穴式石室を設け[2]、床面は粘土を敷いて両隅に排水口を開ける[1]。
1891年(明治24年)の発掘で見つかった出土品は散逸してしまったが、1959年(昭和34年)に再度発掘された時には、琥珀製の棗玉(なつめだま)3個のほか、馬具破片や人骨1体分が発見された[1][2]。
墳丘の外形、石室の構造など、大陸墓制の影響を強くうけており、古墳時代最終末の様相を示しているともいえる[4]。
