荒木古童

From Wikipedia, the free encyclopedia

荒木 古童(あらき こどう)は琴古流尺八奏者の名跡


豊田古童(生年不詳 - 嘉永3年4月27日1850年6月7日))。本名は豊田勝五郎。初代山田如童久松風陽に師事し、風憬、後に古童と称した。通称は「風憬古童」。

二世 荒木古童

文政6年(1823年) - 明治41年(1908年1月17日)本名は荒木半三郎。号が竹翁。近江水口藩士荒木亀三郎の三男。幼少から芸事が好きで尺八を嗜んだ。最初は一閑流横田五柳に付き、その後虚無僧になり琴古流の豊田古童の門下となった。1850年に豊田古童が死去し古童の名を継ぎ久松風陽の門下となった。普化宗の廃止後も楽器としての尺八の復興に力を注いだ。後年長男に古童の名を譲り自らを竹翁と名乗った。弟子には初代川瀬順輔上原六四郎三浦琴童などがいる。

三世 荒木古童

明治12年(1879年2月1日 - 昭和10年(1935年5月2日)本名は荒木真之助。二世古童の長男。明治末期から昭和初期にかけて活躍。同門の初代川瀬順輔と共に明治末期からの尺八界中心人物。三曲合奏に力を注ぎ、名人とうたわれた。童窓会等を主催し多くの弟子を育てた。弟子には木村士童、百瀬芳童、納富夀童、石見綱がいる。

四世 荒木古童

明治35年(1902年8月15日 - 昭和18年(1943年7月1日)本名は荒木聚。号が梅旭(1923年より)。三世古童の四男。東京の生まれ、早稲田実業東洋音楽学校卒業。9歳で父の元に入門。尺八の他に雅楽洋楽三弦等を学び研究。三世古童没後に四世古童を襲名。早くに嘱望されたが夭折した。

五世 荒木古童

六世 荒木古童

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI