荒木田経雅 From Wikipedia, the free encyclopedia 荒木田 経雅(あらきだ つねただ、1742年[1]10月2日(寛保2年9月4日)- 1805年4月12日(文化2年3月13日))は、江戸時代中期から後期の神職、国学者である。本姓は中川。通称は岩五郎、豊後等がある。 伊勢神宮の内宮の禰宜であった中川経正の子として生まれる[2]。1773年(安永2年)に父の後継として伊勢内宮の禰宜に叙せられ、荒木田氏に改姓する。神道における慣習を基にした著書を多く出版した。 後に本居宣長と親交を持ち門人となり、国学や和歌を学ぶ。この業績により、従三位に叙せられた。 主な著作物 代表的な著書 『大神宮儀式解』 その他の著書 『清渚集』 『経雅卿雑記』 脚注 [脚注の使い方] ↑ 1743年(寛保3年)説もある。 ↑ 上田正昭、津田秀夫、永原慶二、藤井松一、藤原彰、『コンサイス日本人名辞典 第5版』、株式会社三省堂、2009年 59頁。 出典 デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『荒木田経雅』- コトバンク 朝日日本歴史人物事典(朝日新聞出版)『荒木田経雅』- コトバンク 美術人名事典(思文閣)『荒木田経雅』- コトバンク 外部リンク 荒木田経雅 - 本居宣長記念館 典拠管理データベース 全般 ISNI VIAF 国立図書館 アメリカ 日本 学術データベース CiNii Books CiNii Research Related Articles