菅原一高 From Wikipedia, the free encyclopedia 本名 菅原 督三郎別名義 菅原 一高 (すがわら かずたか)生年月日 (1946-10-02) 1946年10月2日(79歳)出生地 日本・岩手県すがわら いっこう菅原 一高本名 菅原 督三郎別名義 菅原 一高 (すがわら かずたか)生年月日 (1946-10-02) 1946年10月2日(79歳)出生地 日本・岩手県身長 170 cm[1]職業 俳優ジャンル テレビドラマ、映画、舞台主な作品 テレビドラマ『サンダーマスク』映画『野獣狩り』テンプレートを表示 菅原 一高(すがわら いっこう[1]、1946年10月2日[1] - )は、日本の元俳優。本名、菅原 督三郎[2]。菅原 一高(すがわら かずたか)名義での活動歴もある[3]。 岩手県出身[1][3]。岩手県立水沢高等学校卒業[1]。劇団芸協に所属していた[2]。 高校卒業後に上京し、アマチュア劇団に1年間在籍する[3]。その後、友人の紹介でテアトル・エコー[4]の第8期生として入団[3]。ユッソン作『俺たちは天使じゃない』で初舞台を踏む[2]。1971年より、キノトール脚色による学校向け舞台『新ハムレット』で、主人公のハムレットを演じ、東京都周辺の学校を巡演する[3]。 1972年、フジテレビ系のホームドラマ『下町かあさん』で、榊原るみの恋人で、父親が大学教授であり、父親と衝突して大学を中退する安西吾郎役でレギュラー出演。当時の紹介記事では「問題を提起するような明るい芝居をしてみたい。虚像だけで有名にはなりたくないです」と述べている[3]。 同年10月より放送された特撮テレビドラマ『サンダーマスク』(日本テレビ)では、主人公の命光一を演じた。スーツアクターを担当した薩摩剣八郎(当時は「中山剣吾」)は菅原について、「好青年だったという印象しかない。初の主役ということで、芝居もアクションもはりきって精一杯やっていた」と述懐している[5]。 その後、映画『野獣狩り』(東宝)で共演した藤岡弘、が所属する三貴プロダクションを経て[4]、劇団芸協に所属し、1980年代に芸能界の第一線を退いた。 趣味は、野球[2]。特技は、フラメンコ[1]、東北弁[1]、乗馬[1]。 出演 テレビドラマ 光速エスパー 第22話「気球よあがれ」(1967年、NTV)[注釈 1] 下町かあさん(1972年、CX) - 安西吾郎 サンダーマスク(1972年 - 1973年、NTV) - 主演・命光一 / サンダーマスク 事件ファイル110 甘ったれるな 第13話「女子高生・復讐の赤い殺意」(1976年、TBS) 逢えるかもしれない 第11話(1976年、CX) 白い秘密(1976年 - 1977年、TBS) 特捜最前線(ANB) 第52話「羽田発・犯罪専用便329!」(1978年) 第168話「亡霊・顔のない女!」(1980年) 第204話「19才の犯罪日記!」(1981年) 第213話「密室殺人・小さな瞳の謎!」(1981年) 第258話「ヨコハマストーリー!」(1982年) 第266話「老刑事、女詐欺師を追う!」(1982年) 第277話「橘警部逃亡!」(1982年) - 倉下ナオキ 第291話「わらの女 哀愁の能登半島!」(1982年) 第304話「炎の女 瓢湖からのたずね人!」(1983年) 大空港(1978年 - 1980年、CX) - 空港署刑事 映画 白鳥の歌なんか聞こえない(1972年、東宝) - 小林 野獣狩り(1973年、東宝) - 原口覚 舞台 白鳥の王子(1969年、劇団四季) 新ハムレット(1971年 - 1972年、テアトル・エコー) - ハムレット 11ぴきのネコ(1973年、テアトル・エコー) その他 仮面ライダーV3(ハサミジャガー、イカファイア) ※美研紙芝居ソノシート版 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 「菅原 督三郎」名義 出典 1 2 3 4 5 6 7 8 『日本タレント名鑑'80』VIPタイムズ社、1979年、104頁。 1 2 3 4 『新劇便覧'81』テアトロ、1981年、120頁。 1 2 3 4 5 6 『河北新報』1972年6月24日付朝刊、10面。 1 2 『日本タレント名鑑'76』VIPタイムズ社、1976年、80頁。 ↑ 「INTERVIEW 薩摩剣八郎」『別冊映画秘宝 特撮秘宝』 Vol.4、洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2016年、281頁。ISBN 4800310059。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。表示編集 Related Articles