菅原道長 From Wikipedia, the free encyclopedia 菅原 道長(すがわら の みちなが、生没年不詳)は、奈良時代の貴族。氏姓は土師宿禰のち菅原宿禰、菅原朝臣。菅原古人の子か。官位は従五位下・山城介。 淳仁朝の天平宝字5年(761年)摂津少属の官職を帯びていた記録がある。 天応元年(781年)4月に桓武天皇の即位にともない、和国守・武生鳥守らとともに外従五位下に昇叙している。同年6月、同族の土師古人ら一族15名とともに、居住地の大和国添下郡菅原邑に因んで菅原宿禰に改姓する。延暦9年(790年)12月に秋篠安人とともに宿禰姓から朝臣姓に改姓し、翌延暦10年(790年)正月に秋篠安人とともに内位の従五位下に叙せられている。また、時期は不明ながら山城介を務めた。 備考 『万葉集』巻第十七に収録されている ぬばたまの 夜はふけぬらし 玉櫛笥(たまくしげ)二上山(ふたがみやま)に 月傾きぬ[1] は「史生土師宿禰道良」の歌だが、この「道良」は「道長」のことではないか、とも言われている(「道良」は「みちなが」とも読めるため)。 官歴 注記のないものは『続日本紀』による。 時期不詳:正七位上 天平宝字5年(761年) 1月28日:見摂津少属[2] 時期不詳:正六位上 天応元年(781年) 4月15日:外従五位下。6月25日:土師宿禰姓から菅原宿禰姓に改姓 延暦9年(790年) 12月30日:宿禰姓から朝臣姓に改姓 延暦10年(790年) 1月7日:従五位下(内位) 時期不詳:山城介[3] 系譜 父:菅原古人[4] 母:不詳 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『万葉集』3955番 ↑ 東大寺正倉院所蔵の東南院文書 ↑ 中田憲信『好古類纂』第8集「菅公系譜」 ↑ 『菅家御伝記』 参考文献 『続日本紀 5』新日本古典文学大系15 岩波書店、1998年 宇治谷孟『続日本紀 (下)』講談社〈講談社学術文庫〉、1995年 『萬葉集(五)』完訳日本の古典6、小学館、1986年 Related Articles