菅沼儀平 From Wikipedia, the free encyclopedia 菅沼 儀平(すがぬま ぎへい、1896年(明治29年)9月1日 - 1972年(昭和47年)8月2日)は、日本の政治家。元山形県議会議員[1]。 山形県南村山郡上山町裏町(現上山市)出身。上山小学校卒業後、県立村山農学校卒、東京農業大学に入学するも中退。後年、七代儀右衛門を襲名した。 1929年(昭和4年)から1947年(昭和22年)まで、上山町町会議員を務める。 戦時中は太平洋戦争に応召され、大日本帝国陸軍少尉や飛行隊地上部隊自動車隊長を務めた。 1947年(昭和22年)4月30日に山形県議会議員に当選し、1951年(昭和26年)4月満期退任。 1957年(昭和32年)4月、高橋熊次郎上山市長の退任を機に市長選に出馬。上山市助役であった酒井久三郎と一騎打ちとなるも落選。(菅沼儀平9,613票、酒井久三郎11,783票) 1958年(昭和33年)10月17日、鈴木行男県議の辞職につき補欠当選した。 1959年(昭和34年)4月23日の県議選も当選し、1963年(昭和38年)4月29日に満期退任。 1966年(昭和41年)8月30日に上山市長選挙に再度出馬。鈴木行男と一騎打ちとなるも落選(菅沼儀平9,996票、鈴木行男12,087票)。 1972年(昭和47年)8月2日に逝去。死後、従六位、勲五等雙光旭日章を受章。 性格は、堂々たる体格で一見怖い感じだが、話せば飾り気なく、人懐っこしさを丸出しにする。政治一本気で真面目、統率力抜群。おべんちゃら嫌いで自分の意志を押し通したので敵もあった。農林行政については、「菅沼理論」を持っていたとされている[1]。 脚注 1 2 『山形県議会歴代議員名鑑』山形印刷、1973年3月24日、71頁。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。表示編集この項目は、山形県に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:日本の都道府県/山形県)。表示編集 Related Articles