菅沼正勝 From Wikipedia, the free encyclopedia 菅沼 正勝(すがぬままさかつ、生没年不詳)は、戦国時代の三河国の武将。長篠菅沼家7代当主。通称は半兵衛。 菅沼正貞の長男として生まれる。父の正貞が武田氏に捕らえられていた時に、小諸城で生まれたとされる。幼少であったため武田氏滅亡後、徳川家康に許されて仕え、三河国田口村に500石の領地を与えられた。後に、駿河国に2500石の領地を与えられた。老年には徳川頼宣付きとなり、紀州藩士となった[1]。紀州藩では大番頭として1800石を領した[2]。 系譜 父:菅沼正貞 母:不明 脚注 ↑ “寛政重脩諸家譜. 第2輯 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2021年6月23日閲覧。 ↑ 元和五年紀伊徳川家分限帳 参考文献 菅沼氏寛政重脩諸家譜. 第2輯 - 国立国会図書館デジタルコレクション” (日本語). dl.ndl.go.jp. 2021年6月22日閲覧。667頁(343コマ) Related Articles