菊池孝
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神奈川県横須賀市出身。立教大学文学部英米文学科卒業。1956年、室蘭民報に入社して社会部記者となる[1]。その後、野球雑誌の記者を経て1960年に大阪新夕刊でプロレス記者となる[1]。
1968年にフリーとなり、1977年から1981年まで『国際プロレスアワー』(東京12チャンネル)では門馬忠雄と共に解説者を担当。1978年8月に放送された唯一の国際プロレス海外遠征中継となったソウル遠征でも解説を務めた[3]。『月刊プロレス&ボクシング』の「XX選手に50の質問」や『週刊ゴング』の最長連載企画だった評論家座談会「三者三様」などの連載、レジャーニューズ紙でのコラム執筆のほか、多くの著書を上梓した。
2012年9月1日、誤嚥性肺炎の為に東京都新宿区の国立国際医療研究センター病院にて死去[4]。79歳没。