江戸出身。儒者、大橋訥庵の子として生まれ、先代菊池長四郎の養子となる(菊池教中の長男とする説も[3])。日本橋元浜町で呉服店佐野屋を経営する。1889年(明治22年)東海銀行(第一勧業銀行の前身行のひとつ)を設立し頭取となったほか、八千代生命保険、富士製紙、東洋モスリンなどの取締役を歴任した。ほか、1888年(明治21年)日本橋区会議員、東京府会議員、東京商業会議所議員などを務めた。
1897年(明治30年)東京府多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日に就任し[4]、2期目在任中の1907年(明治40年)8月26日に辞任した[5]。