菟芸泥赴

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菟芸泥赴(つぎねふ、 旧字体: 菟藝泥赴)は、貞享元年(1684年)に国文学史研究の北村季吟が著した、神社などの由来・遍歴を記した文書である。名所、名勝記でもある。主に京都山城国及び近畿圏地域の古社に詳しい。石清水八幡宮などに関する古い記録は貴重である。

「つぎねふ」は『萬葉集』以来、山城にかかる枕詞に用いられている。

季吟の自序によれば、「ある人」の切なる求めによって、貞享元年の八月十五夜より十一月朔まで、三ヶ月足らずの短日月に認め終わったという。平安城内裏のより筆を起こして洛中・洛外にも及び、山城の社寺・名勝・古跡の由来・縁起・変遷を記した。一説に「ある人」は淀城稲葉氏であるが、出所を知らない説であった。[1]

八幡市に関する記述は八幡宮、譽田皇、上高良、下高良、狩尾、下院、石清水、極楽寺、鳩峯、男山、女郎花塚、放生河、片岡達磨、狐河の14項がある。

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