萩原金美

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萩原 金美(はぎわら かねよし、1931年昭和6年〉 - 2017年平成29年〉11月9日)は、日本法学者裁判官のち弁護士神奈川大学教授、法学部長を歴任し、同名誉教授。スウェーデン司法研究、民事訴訟法研究、調停を含むいわゆるADR研究など研究対象は多岐にわたる[1]

1931年、群馬県群馬郡滝川村八幡原(現・高崎市)の農家に生まれる[2]。旧制佐波農業学校(現・群馬県立伊勢崎興陽高等学校)を経て[2]、旧制中央大学法学部専門部卒業後(最後の卒業生)、新制中央大学3年に編入[1]、在学中の1951年に司法試験合格[2]。1953年中央大学卒業[2]、1954年裁判官任官[2]。同年、判事補として赴任した仙台地裁家裁の古川支部においていわゆる松山事件に左陪席として関与し、死刑判決を下した[1]。1969年退官。

1969年よりスウェーデンイギリスに留学し、1972年に帰国して第二東京弁護士会に弁護士登録をした[2]磯野誠一神奈川大学教授の誘いにより[1]、1976年神奈川大学法学部教授に就任[2]。1979年から1981年まで同学部長を務めた[2]。2001年に定年、2004年まで特任教授。同年神奈川大学名誉教授。

前述のいわゆる松山事件は、1984年に至り仙台地裁での再審裁判により無罪判決が下された[1]。神奈川大学の萩原のもとにはマスコミが殺到する事態となったが、磯野誠一や学生の励ましにより神奈川大学に留まることができたと本人は回想している[1]

著書・論文

脚注

外部リンク

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