萬年寺 (名古屋市)

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位置 北緯35度09分40.5秒 東経136度54分16.5秒 / 北緯35.161250度 東経136.904583度 / 35.161250; 136.904583座標: 北緯35度09分40.5秒 東経136度54分16.5秒 / 北緯35.161250度 東経136.904583度 / 35.161250; 136.904583
山号 祝峰山
宗派 曹洞宗
萬年寺
(万年寺)
所在地 愛知県名古屋市中区大須3丁目4-41
位置 北緯35度09分40.5秒 東経136度54分16.5秒 / 北緯35.161250度 東経136.904583度 / 35.161250; 136.904583座標: 北緯35度09分40.5秒 東経136度54分16.5秒 / 北緯35.161250度 東経136.904583度 / 35.161250; 136.904583
山号 祝峰山
宗派 曹洞宗
本尊 木造十一面観世音菩薩
開山 大雲永瑞
萬年寺 (名古屋市)の位置(愛知県内)
萬年寺 (名古屋市)
萬年寺 (名古屋市)の位置(名古屋市内)
萬年寺 (名古屋市)
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萬年寺(ばんねんじ、万年寺)は、愛知県名古屋市中区大須3丁目4-41にある曹洞宗寺院。山号は祝峰山[1][2]。本尊は木造十一面観世音菩薩[1]萬松寺末寺であり、もとは萬松寺の塔頭だった[1][2]。道路を挟んで西側には裏門前公園がある。

創建

天文3年(1534年)3月、安井宅左衛門を開基として創建された[1][2]。天文5年(1536年)4月に萬年寺という寺号を公称とした[2]。開山は織田信秀の伯父である大雲永瑞であり[1]萬松寺の開山でもあった大雲永瑞は萬年寺に隠遁した[2]

清洲越し

当初は萬松寺の塔頭であり、萬松寺とともに桜町にあったが、名古屋城が築城された際に南寺町(大須)に移転した[1]。かつてはすぐ南側に萬松寺の広大な境内が広がっていた。

近現代

1874年(明治7年)には大須観音の裏手に遊廓旭廓ができるが、萬年寺の境内には遊廓の設立に寄与した中村正平(三国楼の楼主)の石碑がある。明治時代以後の所在地は矢場町三ノ切である[2]。1915年(大正4年)から1916年(大正5年)頃の境内には、本堂、庫裏、天保年間(1830年~1844年)建立の開山堂、総門、1878年(明治11年)1月建立の吒枳尼天堂などがあった[2]

境内

  • 本堂
  • 中村正平の頌徳碑
  • 宝篋印塔

脚注

参考文献

外部リンク

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