萬弘寺 (大分市)
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寺伝によれば、用明天皇元年10月に、皇子であった用明天皇が密かに九州を巡幸した際、当地にて難病を患った。そこで、豊国法師が薬師如来像を彫って加持祈祷を行うと、皇子の病状は回復し、無事に都に戻って皇位を継承し天皇となった。萬弘寺はこの際に病気平癒の祈願所として創建されたといわれる[1]。その後、聖徳太子が、父である用明天皇の供養のために596年から8年にわたって萬弘寺に7つの堂から成る大伽藍を建立したという[2]。萬弘寺の門前には市が開かれ、7世紀中には既に定期市としての体裁を成していたとされる。
その後の戦乱や災害によって荒廃したが、創建当時と宗派は異なるものの近代になって再建された。現在の本堂は1966年(昭和41年)に建立されたもので、その後、庫裏、薬師堂等が1975年(昭和50年)までに整い、現在の姿となった[1][3]。
市も、年1回の祭事として、本尊である如意輪観世音菩薩の縁日にあたる5月18日から1週間にわたって行われるようになった[1]。
かつては寺周辺に「門前」「古屋敷」「寺の跡」「寺の背」「本願寺」「中の島」等の地名[4]が継がれていたようだが、現存しない。