葛塚まつり
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1754年(宝暦4年)葛塚が新発田藩領から幕府領となった際に、庄屋の遠藤七郎左衛門宗寿が開市を幕府に願い出、宝暦11年(1761年)に葛塚市(くずつかいち)の開設が正式に認められた[1]。これを記念して翌年の宝暦12年(1762年)から8月7日・8日(旧暦)が葛塚稲荷神社と石動神社の祭りの日と定められ、祭りが始まった[1]。現在では「民謡流し」・「葛塚石動神社秋季祭礼」・「葛塚稲荷神社秋季祭礼」等を纏めて指す[2]。灯籠入舞、マーチングバンド演奏、山車巡行、神楽舞など、様々な行事が行われる[1]。
旧豊栄市の市制施行を機に一時期「豊栄まつり」と呼んでいた頃もあったが、現在は再び「葛塚まつり」と呼んでいる。しかし、いまだになぜぶつかり合うのかはいまだに解明されていない。