葵まさひこ From Wikipedia, the free encyclopedia 葵 まさひこ(あおい まさひこ、1937年 - 1984年9月29日[1])は、日本の作曲家、編曲家、歌手。コーラス・グループ・ハニー・ナイツのメンバーとして活動した(1958年 - 1974年[1])。本名:鈴木 稔(すずき みのる)[1]、山形県出身[1]。 →詳細は「ハニー・ナイツ」を参照 葵まさひこが所属していたのは、1958年結成の4人組男性コーラス・グループ。「1974年の解散」までに様々なCMソングやアニメソングを歌唱した。葵は途中からグループのリーダーを務めていた。葵は、音楽的素養に優れていたため、作曲・編曲家としても活躍した。作曲作品には水沢夕子「私は好奇心の強い女」などがある[2]。晩年は体調を崩しがちであった。1984年9月29日に肝硬変のため入院先の病院で死去。47歳没。 楽曲 作曲・編曲 尾崎紀世彦 「めぐり逢い」(1971年) 桂三枝 「ぐりぐりソング」「最後に泣くのはおんなです」(1971年) グラスロード 「君は今青春」(1972年) 平浩二 「バス・ストップ」(1972年) 「夜明け前」「別れ芝居」「名前は暁子」「ひとり歩き」「冬の駅」「泣くだけ泣かせて」(1973年) 「夢物語」「みれん」(1974年) 「涙ごころ」「私の好きなひと」(1975年) 「別れの伝言」「愚かにも」(1976年) ハニー・ナイツ、みすず児童合唱団 「ウルトラマンA」(1972年) 牧葉ユミ 「さらば想い出よ」(1973年) 水沢夕子 「私は好奇心の強い女」(1973年) ミミ 「おしゃれな土曜日」「憧れ」(1973年) 「恋人たちの森」「つぶやき」「ココアはいやよ」「ふたりぼっちの夜」(1974年) もんたよしのり 「この足の鎖ひきちぎりたい」(1971年) 編曲 青い三角定規 「愛の湖」(1972年) 荒川務 「もしも…」「モーター・サイクル」「ふたりの公園」「初めての別れ」(1974年) 伊東ゆかり 「風が吹く道」(1973年) 尾崎紀世彦 「今・今・今 」「あなたのすべてを」「遠くへ行きたい」「忘れないわ」(1971年) 「かがやける愛の日に」(1973年)他 加藤和彦・北山修 「あの素晴しい愛をもう一度」(1971年) キャロライン洋子&ウィリアム浩 「こいびと同志」(1972年) 西城秀樹 「恋の約束」(1972年) 「若いふたりの海」「愛がほしいのに」「母と子の絆」(1972年)※アルバム『ワイルドな17才』収録曲 「星から来た男」「神よ」「泪の首飾り」(1973年)※アルバム『青春に賭けよう』収録曲 シモンズ 「恋人もいないのに」「ふり向かないで」(1971年) 「おくれて来た少女」「ひとつぶの涙」「思い出の指輪」(1972年) 「若草の雨」(1973年) ジローズ 「涙は明日に」「秋の思い出」(1971年) 「心に勇気を」「冬の街」「悲しい雨音」「突然」「おまえのために」(1972年) つのだ☆ひろ 「メリー・ジェーン」(1971年)※成毛滋と共同編曲 藤圭子 「ざんげの値打ちもない」「恋のハレルヤ」「朝日のあたる家」「この胸のときめきを」(1971年)※LIVEアルバム『藤圭子リサイタル』収録曲 松崎しげる 「陽はまた昇る」(1972年) 脚注 [脚注の使い方] 出典 1 2 3 4 日外アソシエーツ編集部 編『新撰芸能人物事典 明治〜平成』日外アソシエーツ、2010年11月25日、3頁。ISBN 978-4-8169-2283-1。 ↑ 「俺たち昭和39年生まれ」2022年9月号、p.85 典拠管理データベース: 芸術家 MusicBrainz この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks