蕭子良
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南朝斉第一の文人であり、経典や史書・老荘にも通じてしたが、仏典を最も好んで、文恵太子らと共に仏教教理に通暁していた。
永明年間(483年 - 493年)に司徒・尚書令に任ぜられると、鶏籠山の邸に移り、当時一流の文人らを鶏籠山の西邸に招いた。中でも著名な蕭衍・沈約・謝朓・王融・蕭琛・范雲・任昉・陸倕の8人は、「竟陵八友」と称せられる。
常に邸内で斎戒し、朝臣や衆僧を集めた。また、一生涯にわたって厳重に斎戒を守ることを誓願して「浄住子」と自称した。邸内には、古物を蒐集して、広く天下の文章の集録を行なったため、「道俗の盛んなること、江左に未だあらざるところ」と評せられた。文人学者らには『四部要略』1000巻を抄録させ、名僧たちには『経唄新声』を撰述させた。
また、竟陵王自身の仏教信仰を記した書物として『浄住子浄住法門』がある。