Wikiwand AI

藤原倫寧

From Wikipedia, the free encyclopedia

時代 平安時代中期
生誕 不明
死没 貞元2年(977年)
 
藤原 倫寧
時代 平安時代中期
生誕 不明
死没 貞元2年(977年)
官位 正四位下、伊勢守
主君 朱雀天皇→村上天皇→冷泉天皇→円融天皇
氏族 藤原北家長良流
父母 父:藤原惟岳、母:恒基王の娘
妻 藤原春道の娘、源認の娘
子 理能、藤原道綱母、長能、藤原為雅室、菅原孝標室
テンプレートを表示

藤原 倫寧(ふじわら の ともやす)は、平安時代中期の貴族・歌人。藤原北家、権中納言・藤原長良の孫にあたる左馬頭・藤原惟岳の子。官位は正四位下・伊勢守。

朱雀朝で中務少丞を務めたのち、村上朝初頭に右衛門少尉・右馬助と武官を歴任する。村上朝半ばには陸奥守として地方官を務めたほか、右兵衛佐・左衛門権佐にも任官している。村上朝後半に河内守に任ぜられると、円融朝では丹波守・伊勢守を務めたほか、時期は不明ながら常陸国・上総国と東国の大国の国司も歴任した。

貞元2年(977年)卒去。最終位階は正四位下。

一条堀川に住んだという。歌人として『後拾遺和歌集』に和歌作品1首が採録されている[1]。本朝文粋に天延2年(974年)に倫寧が作成した奏状が一つ残っている。[2]

官歴

系譜

脚注

参考文献

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks