藤原勝臣 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 平安時代前期生誕 不詳死没 不詳官位 阿波権掾 凡例藤原勝臣時代 平安時代前期生誕 不詳死没 不詳官位 阿波権掾主君 陽成天皇氏族 藤原北家父母 父:藤原発生テンプレートを表示 藤原 勝臣(ふじわら の かちおん)は、平安時代前期の官人・歌人。藤原北家、大和守・藤原長岡の孫。越後介・藤原発生の子。官職は阿波権掾。 元慶7年(883年)正月に阿波権掾に任ぜられた記録がある程度で[1]、官歴は詳らかではない[2]。『尊卑分脈』に従五位下・越後介に叙任されたとの記載があるが、父・発生の官位を誤って勝臣の場所に記載したものとされる。 『古今和歌集』に3首が入首する勅撰歌人で[3]、採録されている和歌の詞書によると[4]、貞観年間(859-877)から寛平(889-898)年間に作歌活動を行っていた事が窺われる。 脚注 ↑ 『古今和歌集目録』 ↑ 五位に叙せられたとする文献もある(『古今和歌集目録』) ↑ 『勅撰作者部類』 ↑ 『古今和歌集』255,999 出典 『尊卑分脈 第二篇』吉川弘文館、1987年 Related Articles