藤原孝清

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藤原 孝清(ふじわら の たかきよ、生没年不詳)は、平安時代後期の貴族藤原北家長良流但馬守藤原良綱の子。官位正五位下伊賀守

白河天皇六位蔵人を務め、承保2年(1075年)に行われた『承保二年内裏歌合』にその名が見える。まもなく、従五位下因幡権守に叙任され、地方官に遷る。永保3年(1083年)ごろに和泉守に任ぜられて受領となるが、応徳2年(1085年)に辞任するとしばらく散位となる。

承徳元年(1097年周防守に任ぜられると、長治元年(1104年伊賀守に遷り、のち重任されるなど、再び受領を歴任した。またこの間の康和5年(1103年正五位下に叙せられている。

官歴

系譜

脚注

参考文献

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