藤原師兼 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 平安時代中期 - 後期生誕 永承3年(1048年)死没 承保3年3月2日(1076年4月7日)官位 正四位下、参議 凡例藤原師兼時代 平安時代中期 - 後期生誕 永承3年(1048年)死没 承保3年3月2日(1076年4月7日)官位 正四位下、参議主君 後冷泉天皇→後三条天皇→白河天皇氏族 藤原北家中御門流父母 父:藤原俊家、母:源隆国の次女兄弟 基頼、寛慶、宗俊、師兼、基俊、全子、宗通、堀川殿、俊範、寛澄、済観妻 藤原憲輔の娘子 家輔、俊保、春日殿テンプレートを表示 藤原 師兼(ふじわら の もろかね)は、平安時代中期から後期にかけての公卿。藤原北家中御門流、右大臣・藤原俊家の三男。官位は正四位下・参議。 康平4年(1061年)従五位下・侍従に叙任される。康平5年(1062年)3月右近衛少将。康平6年(1063年)1月従五位上に叙され、2月左少将に転じて美作権介を兼任。康平8年(1065年)1月に正五位下。治暦3年(1067年)7月右中将に遷り、12月正四位下に昇叙した。延久元年(1069年)8月左中将に遷る。延久6年(1074年)1月伊予介を兼ね、12月に27歳で参議に任ぜられて公卿に列した。 承保2年(1075年)1月伊予権守を兼ねるが、翌承保3年(1076年)数ヶ月籠居ののち卒去。享年29。 系譜 父:藤原俊家(1019-1082) 母:源隆国の次女 妻:藤原憲輔の娘 男子:藤原家輔 妻:建春門院女房 女子:新大夫 - 建春門院女房 生母不明の子女 男子:藤原俊保 女子:春日殿 - 白河上皇の後宮、のち藤原宗通室 Related Articles