藤原基俊
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人物
= 歌人・詩人
歌壇への登場は遅かったが、歌合では作者のほか、多くの判者も務め、源俊頼と共に院政期の歌壇の指導者として活躍した。革新的な作風であった俊頼に対し、基俊の作風は古い歌風を重んじたものであったという。晩年には藤原俊成を弟子に迎えた。 『金葉和歌集』以下の勅撰和歌集に百余首入集。家集に『基俊集』がある。
漢詩文にも通じ『新撰朗詠集』を撰集している。
書家
書家としても名があり、現存する書跡には次のものがある。
- 多賀切
- 和漢朗詠集の写本の断簡。現在70葉ほどが残る。下巻末にあたる部分の断簡(陽明文庫蔵)に、本文と同筆で「永久四年(1116年)孟冬二日、扶老眼点了、愚叟基俊」と二行の奥書きがあり、さらに別筆で「おなじとし月によみはてつ」と記されている。このように年代と筆者が明記された書跡は、現存するおびただしい平安時代の遺品の中でも稀である。
- 山名切新撰朗詠集