藤原明子 (桓武朝) From Wikipedia, the free encyclopedia 藤原 明子(ふじわら の あきこ/めいし、生没年不詳)は、奈良時代後期の女官。姓は朝臣。位階は正五位下。 系譜は明らかではないが、記録から桓武朝初期の後宮に出仕していたことが分かる。 天応元年(781年)11月の桓武天皇の大嘗祭の折、無位から従五位下に叙され、延暦5年(786年)正月、正五位下に昇叙している。翌延暦6年(787年)10月、天皇が交野に行幸し、鷹狩りを行った際にも随伴したものと思われ、天皇が藤原継縄の別業を行宮とした折、継縄が百済王氏らを率いて種々の楽を演奏してもてなした際には正五位上を授けられている[1]。 その後の記録は残されていない。 官歴 『続日本紀』による 天応元年(781年)11月16日:従五位下 延暦5年(786年)正月14日:正五位下 延暦6年(787年)10月20日:正五位上 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『続日本紀』巻第三十九、桓武天皇 今皇帝 延暦6年10月17日・20日条 参考文献 『続日本紀』5 新日本古典文学大系16 岩波書店、1998年 宇治谷孟訳『続日本紀(下)』講談社学術文庫、1995年 『日本古代人名辞典』6、p1552、竹内理三・山田英雄・平野邦雄編、吉川弘文館、1973年 『日本女性人名辞典』p914、芳賀登・一番ヶ瀬康子・中嶌邦・祖田浩一編、日本図書センター、1993年 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles