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藤原滋幹

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時代 平安時代前期
生誕 不詳
死没 承平元年(931年)
 
藤原滋幹
時代 平安時代前期
生誕 不詳
死没 承平元年(931年)
官位 従五位上、左近衛少将
主君 醍醐天皇
氏族 藤原北家長良流
父母 父:藤原国経
母:本院侍従(在原棟梁の娘)
兄弟 滋幹、忠幹、世光、保命
子 亮明、正明、忠明、女子
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藤原 滋幹(ふじわら の しげもと)は、平安時代前期の貴族・歌人[1]。藤原北家、大納言・藤原国経の子。官位は従五位上・左近衛少将。

藤原国経の子とされる。『尊卑分脈』には国経の父である藤原長良の子という記載も存在するが[1]、長良は斉衡3年(856年)に没しておりやや年代が合わない。母は在原棟梁の娘で、本院侍従と称した女性である。生年については不明だが、今井源衛は延喜初年(901年)頃と推定している[2]。このとき、国経が70歳前後、在原棟梁の娘は20歳前後だったと推測される[2]。

延長6年(928年)右近衛少将に任ぜられ、承平元年(931年)卒去[3]。最終官位は従五位上左近衛少将であった[1]。

人物

『後撰和歌集』に2首の和歌作品が採録されている他、『大和物語』に女性との贈答歌が載せられている[1]。

系譜

注記のないものは『尊卑分脈』による。

  • 父:藤原国経
  • 母:本院侍従[1](在原棟梁の娘)
  • 生母不詳の子女
    • 男子:藤原亮明
    • 男子:藤原正明
    • 男子:藤原忠明
    • 女子:後撰和歌集歌人。「滋幹女」として入集。

脚注

出典

関連作品

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