藤原為信 From Wikipedia, the free encyclopedia 藤原 為信(ふじわら の ためのぶ、承平5年(935年)? - 寛和3年(987年)?[要出典])は、平安時代中期の貴族。中納言・藤原文範の子。紫式部の外祖父。官位は従四位下・常陸介。 村上天皇に仕え、康保2年(965年)六位蔵人に任ぜられた。天禄2年(971年)頃に妻の甥である宮道弘氏に越後守を譲っている[1]。ほかに右馬頭、右近衛少将、摂津守を歴任した。 のち、常陸介に任ぜられるが、在任中の寛和3年(987年)正月10日に出家した[2]。 官歴 康保2年(965年) 正月17日:六位蔵人[3] 安和元年(968年) 日付不詳:見越後守従五位上[4] 貞元2年(976年) 3月:見右近衛少将、検非違使宣旨[5] 時期不詳:従四位下[6]。右馬頭[7]。摂津守[8]。常陸介[7] 寛和3年(987年) 正月10日:出家(常陸介)[2] 系譜 『尊卑分脈』による。 父:藤原文範 母:藤原正茂の娘 妻:宮道忠用の娘 男子:藤原理明 生母不詳の子女 男子:藤原理方 男子:康延 女子:藤原為時室 夫の藤原為時との間に後の紫式部を産んだ[9]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 『仁和寺文書』では位階を正四位下とする。 出典 ↑ 有精堂出版 1971, p. 108. 1 2 『小右記』永延元年正月13日条 ↑ 『西宮記』巻14-249 ↑ 『多武峯略記』 ↑ 『勘例』 ↑ 『尊卑分脈』による[注釈 1]。 1 2 『尊卑分脈』 ↑ デジタル版 日本人名大辞典+Plus. “藤原為信(1)(ふじわらの ためのぶ)とは? 意味や使い方 - コトバンク”. コトバンク. 2023年2月21日閲覧。 ↑ 稲賀 1982, p. 11. 参考文献 稲賀敬二『紫式部: 源氏の作者』新典社、1982年。ISBN 978-4-7879-7012-1。 角田文衞『紫式部伝: その生涯と『源氏物語』』法藏館、2007年。ISBN 978-4-8318-7664-5。 宮崎康充編『国司補任 第三 第四』続群書類従完成会、1990年 宮崎康充編『検非違使補任 別巻』続群書類従完成会、2006年 市川久編『蔵人補任』続群書類従完成会、1989年 『源氏物語講座』(有精堂出版 、1971年、108p) 外部リンク 『藤原為信(1)』 - コトバンク この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles