藤原真従 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 奈良時代生誕 不詳死没 750年代前半?官位 従五位下、中務少輔 凡例藤原真従時代 奈良時代生誕 不詳死没 750年代前半?官位 従五位下、中務少輔主君 聖武天皇氏族 藤原南家仲麻呂流父母 父:藤原仲麻呂、母:藤原宇比良古(藤原房前の娘)兄弟 真従、真先、訓儒麻呂、朝狩、小湯麻呂、刷雄、薩雄 、辛加知、執棹、真文、徳一、児従、東子、額妻 粟田諸姉(後の淳仁天皇の妃)子 藤原広河室テンプレートを表示 藤原 真従(ふじわら の まより)は、奈良時代の貴族。藤原南家、藤原仲麻呂の長男[1]。官位は従五位下・中務少輔。 天平21年(749年)従五位下に昇叙し、中務少輔に任ぜられた。その後、仲麻呂一族が栄華を極める一方で『六国史』に真従に関する記事はなく、間もなく早世か。 真従の妻であった粟田諸姉は藤原仲麻呂の思惑により大炊王(のち淳仁天皇)と再婚。大炊王は仲麻呂の私邸に住むなど、仲麻呂と深く結びつく。その後、天平勝宝9歳(757年)4月、仲麻呂は大炊王を皇嗣として擁立し、権力を握ることになる。 官歴 『続日本紀』による。 時期不詳:正六位下 天平21年(749年) 4月1日:従五位下。8月10日:中務少輔 系譜 『尊卑分脈』による。 父:藤原仲麻呂 母:藤原宇比良古(藤原房前女) 妻:粟田諸姉 - のち淳仁天皇妃 生母不詳の子女 女子:藤原広河(藤原巨勢麻呂子)室 脚注 ↑ 一部の書籍に訓儒麻呂を仲麻呂の長男とするものがあるが、従五位下への叙爵時期(真従:天平勝宝元年(749年)、訓儒麻呂:天平宝字2年(758年))の差により真従を長男とするのが正しいと考えられている。 参考文献 宇治谷孟『続日本紀 (中)』講談社〈講談社学術文庫〉、1995年 Related Articles