藤原秀雄 From Wikipedia, the free encyclopedia 藤原 秀雄(ふじわら の ひでお、生没年不詳)は、平安時代初期から前期にかけての貴族。藤原南家、筑後守・藤原清岳の孫。従五位下・藤原八釣の子。官位は従五位下・典薬頭。 仁明朝の承和13年(846年)従五位下に叙爵し、承和15年(848年)大監物に任官する。のち、仁寿3年(853年)河内守に任ぜられると、貞観3年(861年)にも再任されるなど、文徳朝から清和朝初期にかけて河内守を務めた。 貞観5年(863年)典薬頭に遷り、貞観10年(868年)従五位上に至る。また、時期は不明ながら紀伊守を務めた。 官歴 『六国史』による。 時期不詳:正六位上 承和13年(846年) 正月7日:従五位下 承和15年(848年) 7月5日:大監物 仁寿3年(853年) 正月16日:河内守 貞観3年(861年) 正月13日:河内守 貞観5年(863年) 4月21日:典薬頭 貞観10年(868年) 正月7日:従五位上 時期不詳:紀伊守[1] 脚注 ↑ 『尊卑分脈』 参考文献 森田悌『続日本後紀 (下)』講談社〈講談社学術文庫〉、2010年 武田祐吉、佐藤謙三訳『読み下し 日本三代実録 上巻』戎光祥出版、2009年 Related Articles