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藤居平一

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藤居 平一[注 1](ふじい へいいち、1996年〔平成8年〕4月17日没[2][3][4])は、広島県広島市出身[4]の日本の平和運動家である[3][4]。本業は銘木店を営み[5](藤居銘木株式会社社長[6])、広島県銘木森林組合を設立し[7]、日本銘木林産組合連合会の発起人の一人であった[8]。

生年月日については、文献により、1914年(大正3年)8月7日[2]、1915年[9](大正4年)8月7日[10]、1916年[3](大正5年)、1927年(昭和2年)2月25日[4]と異なる。

広島市への原子爆弾投下により父や妹[11]を亡くした[3][4]。当時は在京の学生で、被害を免れ[11]、原爆投下の17日後に帰郷したため、自身は被爆者ではない[2]。早稲田大学専門部 (旧制)経営科を1946年(昭和21年)に[11]、京都美術大学を1948年(昭和23年)に[4]卒業した。戦後は家業の銘木店を継ぎ[11]、民生委員の立場として被爆者の援護活動に携わる[3]。

原水爆禁止世界大会の開催を提唱し[4]、1955年(昭和30年)の第一回大会の開催に尽力[3]。翌1956年(昭和31年)5月には広島県原爆被害者団体協議会(広島県被団協)の設立に携わり[4]、代表委員も務めた[3][4]。同年8月の日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)設立から1959年(昭和34年)まで同会の初代[3]事務局長を務め[4]、原爆医療法の制定[3][4]や原爆障害者援護法の原案作成[4]に携わった。

ドキュメンタリー

  • ETV特集「救うことで救われる 〜日本被団協 原爆被害者の闘い〜」(2025年2月15日、NHK Eテレ)[12]

脚注

参考文献

関連文献

外部リンク

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