藤山平右衛門 From Wikipedia, the free encyclopedia 藤山 平右衛門(ふじやま へいえもん、生年不明 - 延宝3年3月12日(1676年4月24日))は、肥前国佐嘉郡(現:佐賀県佐賀市)出身の佐賀藩士。諱は貞忠(さだただ)、仮名は平右衛門。 肥前国佐嘉郡(現:佐賀県佐賀市)の佐賀藩士として生まれる。出生年月日は不明だが、佐賀藩藩士 鍋島弥平左衛門親族帳によれば、藤山平右衛門が初代当主であり、其先不相知候の記述がある。藤山氏の出自については諸説あり、判然としないが、伊万里の藤山家、豊後の藤山家など、九州地方を中心に複数の系譜がある。佐賀の藤山家は、佐賀藩制における手明鑓や足軽などの組頭、また長崎聞番などの西国警衛の役を担う中級士族[1]であり、幕末期の弘化二巳年佐賀藩總着到(侍着到)[2]に記載がある藤山姓の士族は、約100名余り[3]にのぼる。 通字 主たる通字は「貞」(さだ)。その他「武」(たけ)、「尭」(ぎょう)などを、通字として用いていた。江戸時代後期以降は、通字を含む仮名のみを称していた。1872年(明治5年)5月7日の太政官布告「従来通称名乗両様相用来候輩自今一名タルヘキ事」により、諱と通称を併称することが公式に廃止されている。 佐賀藤山家の当主とされる平右衛門の系附図 系譜 其先不相知 ― 藤山貞忠(平右衛門) ― 藤山貞豊(次郎左衛門) ― 藤山貞暁(次郎左衛門) ― 藤山武貞(尉右衛門) ― 藤山貞刻(嘉右衛門) ― 藤山貞幹(次郎左衛門) ― 藤山武尭(嘉右衛門) 脚注 [脚注の使い方] ↑ 藤野保 (1981). 佐賀藩の総合研究. 吉川弘文館 ↑ 鍋嶋弥平左衛門親族帳. 公益財団法人鍋島報效会 所蔵 ↑ 弘化二巳年佐賀藩総着到. 公益財団法人鍋島報效会 所蔵 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles