愛媛県に生まれ[2]、愛光学園の4期生として学ぶ[4]。
1973年、同志社大学大学院法学研究科修士課程を修了した[2]。
1980年に京都産業大学法学部講師となり、1990年に教授に昇任し[5]、その後長く、法学部や法学研究科、法務研究科の教育にあたり[1]、また、就職部長、法務研究科長などを歴任した[5]。
1996年、京都産業大学学長補佐職となり、制度変更により2000年に副学長となって、2002年までその任にあった[2]。
2004年、京都産業大学法科大学院教授[2]。
2010年に学長となり、2014年9月に退任した[1]。