藤島城

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別名 藤島城
城郭構造 輪郭式平城
天守構造 なし
築城主 不明
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藤島城
山形県
別名 藤島城
城郭構造 輪郭式平城
天守構造 なし
築城主 不明
築城年 不明
主な城主 葉室氏久我氏堀川氏
北畠氏土佐林氏丸岡氏
栗田氏木戸氏新関氏
廃城年 1615年
遺構 土塁、堀
指定文化財 市の史跡
地図
藤島城の位置(山形県内)
藤島城
藤島城
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藤島城(ふじしまじょう)は、山形県鶴岡市藤島にあった日本の城。市指定史跡[1]

天守閣を持たない平城であり、本丸の周りには内堀が囲み、外堀は自然の河川である藤島川を利用している。周辺領域には、向楯、平形楯、古郡楯、柳久瀬楯、勝楽寺楯等の前衛支城を擁する難攻堅固な城であった。

築城された時期は、資料が残っていないため不明であるが、和銅年間(西暦708年から714年)に、平(平形)に国府が置かれた時の府城ではないかと考えられ、出羽守鎮守府将軍の居城であった。

現在、本丸跡には八幡神社の社が建っており、二の丸と三の丸跡は山形県立庄内農業高等学校の校舎と敷地になっている。

来歴

所在地

脚注

関連項目

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