蘆名盛員 From Wikipedia, the free encyclopedia 蘆名 盛員(あしな もりかず)は、鎌倉時代末期の武将。蘆名氏の第6代当主。第5代当主・蘆名盛宗(次郎左衛門尉)の子。 時代 鎌倉時代末期生誕 弘安8年(1285年)死没 建武2年8月17日(1335年9月4日)別名 蘆名判官概要 凡例蘆名盛員, 時代 ... 凡例蘆名盛員時代 鎌倉時代末期生誕 弘安8年(1285年)死没 建武2年8月17日(1335年9月4日)別名 蘆名判官官位 遠江守氏族 蘆名氏父母 父:蘆名盛宗、母:未詳妻 正室:奥州藤原氏の娘 継室:笹谷御前(笹谷氏の娘)子 高盛、直盛テンプレートを表示閉じる 通称は蘆名判官。父・盛宗の後を受けて当主となる。1333年、幕府軍の一員として上洛し、後醍醐天皇を追討しようとしたが、敗れた。1335年7月、北条時行が中先代の乱を起こして挙兵すると、これに呼応して三浦時継らと共に鎌倉に赴いた。しかし同年8月、足利尊氏の反攻を受けて相模国片瀬川の戦いで戦死した。家督は蘆名直盛が継いだ。 生年には異説が多く、一説には1296年説もある。 Related Articles