虎巌浄伏 From Wikipedia, the free encyclopedia 宗派 臨済宗松源派師 虚舟普度弟子 明極楚俊、月江正印、南楚師説独孤淳朋、即休契了、別岸若舟虎巌浄伏 生没年不詳宗派 臨済宗松源派師 虚舟普度弟子 明極楚俊、月江正印、南楚師説独孤淳朋、即休契了、別岸若舟テンプレートを表示 虎巌浄伏(こげん じょうふく、生没年不詳)は、元代初期に活動した禅僧である。松源下4世。 生年、生地ならびに俗姓不詳。虚舟普度法嗣で、中天竺寺首座を務めたのち石霜寺を経て径山寺に歴住した。至元21年(1284年)正月に大都大明殿で法を説く栄誉に与った。 遺墨として常盤山文庫所蔵の虎巌浄伏賛の拾得図があり、重要文化財に指定されている。法嗣は明極楚俊・月江正印・南楚師説・独孤淳朋・即休契了ならびに別岸若舟の6名が知られる。 禅学大辞典編纂所 編 『新版 禅学大辞典』p.577 1985年 先代虚舟普度 臨済宗松源派?-? 次代明極楚俊月江正印南楚師説独孤淳朋即休契了ほか Related Articles