虎御前山
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虎御前山(とらごぜんやま)は、滋賀県長浜市にある標高225.5メートルの山。小谷山の南西にある。古くは長尾(ながお)山と呼ばれ 、また中野山、八相山(はっそうざん)とも呼ばれた。外周は急な傾斜を形成している[1][2]。
当地では、南北朝時代に室町幕府将軍足利尊氏と弟の足利直義によって八相山の合戦が行われている[2]。
戦国時代に織田信長が浅井長政が立て籠もる小谷城を攻める際に虎御前山城(とらごぜやまじょう)が築城されている。信長は3回にわたって城塞や砦を築かせているが、小谷城が落城するとすぐに破却されている[1]。
虎御前山の名の由来は、昔、井筒(いつづ)という泉のほとりに住んでいた娘が、旅の途中に知り合った世々聞(せせらぎ)という名の若者と愛し合って結婚した。ところが、顔は人間だが体は蛇の子を一度に15人も産んでしまった。娘は嘆き悲しんだ末に淵に身を投げて死んでしまったという。娘の名は虎姫(とらひめ)といい、この山が虎御前山あるいは虎姫山と呼ばれるようになった由来とされている[1]。
虎御前山には虎御前山城の他、織田信長の家臣である木下秀吉、柴田勝家、堀秀政、滝川一益、丹羽長秀などの陣地跡が残されている[2]。また、虎御前神社、岩屋寺、矢合神社がある。