螭吻
屋根の両端にある、龍頭と魚体の彫刻
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概要
螭吻の形状は多様だが、基本形としては「屋根の大棟に齧り付いた龍が身をくねらせながら尾を天に向け、その背に剣が突き刺さって持ち手だけが露出している」という様式がよく見られる。
螭の字は『説文解字』(許慎〔30-124〕)曰く、龍のうち黄色のもの、あるいは角の無い龍の意味であるとされ、また『本草綱目』などに蛟の一種と載る[1]。吻には口もしくは唇と言う意味ある。
後漢以降、大棟の両端を強く反り上げる建築様式が見られ、3世紀から5世紀頃に鴟尾となったと考えられている。鴟尾は唐代に魚や龍の形となり、屋根に口で齧り付くような姿から蚩吻または鴟吻と呼ばれるようになったと言われる。明代頃に、蚩吻(鴟吻)は螭吻と呼ばれるようになり、姿は龍の要素がより強くなる。また、同じく屋根飾りである脊獣とも影響し合い、その形態は様々に多様化した。
『蘇氏演義』(9世紀末)に、「漢の武帝(前156-87年)が柏梁殿を建てた際、火を払うとして蚩尾(鴟尾)という海の獣の像を安置するよう勧められたこと、今日(唐代)の魚の形をした屋根飾りの蚩吻(鴟吻)はその変形であること、蚩は銅の頭と鉄の額と牛の角と耳を持つ蚩尤という獣の意味であり鴟の字である意味はない(ので誤りだろう)」と載る。また、『唐会要』(961年)には、「東海に鴟(ある種の猛禽類)に似る魚があり、浪を噴きあげ雨を降らせることから、漢の武帝の柏梁殿が火災に遭った際、火を払うまじないとして建章宮を建て、その像を屋根に飾った」ことが載る。ただし上述の通り、考古学的証拠としては、螭吻の原型である鴟尾は魚型ではなく、また武帝時代のものは見つかっていない。
