行助 From Wikipedia, the free encyclopedia ポータル 仏教 ポータル 文学 行助(ぎょうじょ、応永12年(1405年) - 応仁3年3月24日(1469年5月5日))は、室町時代後期の天台宗の僧侶・連歌師。別名に本照・法林、号は惣持房(あるいは惣持院)[1]。権大僧都法印(『行助連歌集』自署)。実名・出自は不明。 応永12年(1405年)に生まれた[2]。 山名氏家臣であったが[2]、若くして出家し、延暦寺東塔の惣持房に入った。 連歌は同じ山名氏家臣の出身であった宗砌から学び[2]、文安元年(1444年)頃から各所の連歌の席に出席し、後には足利将軍家の連歌の席にも招かれるようになった。 連歌の後進で行助とも同席することがあった宗祇は、後に『竹林抄』において「七賢」の1人に選んでいる。 文正元年(1466年)から応仁2年(1468年)にかけて東国を旅している。 代表作に『行助句』(享徳3年(1454年))・『行助連歌集』(文正元年(1466年))などが知られ、歌学書に『連歌口伝抄』(長禄2年(1458年))が伝わる。 応仁3年(1469年)に死去した[2]。享年65[2]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『国書人名辞典』「行助」 1 2 3 4 5 日本人名大辞典+Plus, デジタル版. “行助(ぎょうじょ)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2025年3月16日閲覧。 参考文献 芳賀登 他編『俳文学大辞典』(角川書店、1995年) ISBN 4-04-022700-X 「行助」「行助句」「行助句集」「行助連歌」「行助連歌集」(P221.執筆者:伊藤伸江) 市古貞次 他編『国書人名辞典 2』(岩波書店、1995年) ISBN 4-00-080082-5 「行助」(P73-74.) Related Articles