衛生陶器は19世紀中期にイギリスで開発され、19世紀後期にかけてアメリカで技術が確立された。日本では幕末に、以前の木製便器を模した陶製便器の生産が始まった[3]。
衛生陶器は、明治時代末期ごろに百木三郎が英語の “sanitary wares” を直訳して名付けるまで、名前が無く生産もされていなかった。その後、1912年(明治45年)1月に大倉孫兵衛、和親父子によって日本陶器合名会社内に大倉製陶研究所(現・TOTO)が設立され、製造方法が確立された。さらに1914年(大正3年)8月には、製陶研究所が大阪の浜田商店へ水洗式小便器と大便器、洗面器を納入した。これは、本国初の国産衛生陶器だったといわれている[4]。
衛生陶器には陶器質素地が使用されていたが、1920年代にアメリカでビトレアスチャイナ (vitreous china) という熔化質素地が発明され一般的に利用されるようになった[1]。日本には昭和初期頃に技術導入され、日本産業規格 (JIS A 5207) に品質が規定されている[1]。