袖山喜久雄 From Wikipedia, the free encyclopedia 袖山 喜久雄(そでやま きくお、1902年6月20日 - 1960年1月31日)は、日本の経営者。東洋レーヨン(現在の東レ)社長を務めた。 茨城県出身[1]。1926年に東京帝国大学工学部機械工学科を卒業し、同年に東洋レーヨンに入社[1]。 1945年に取締役に就任し、1947年に常務を経て、1948年に社長に就任[1]。 1960年1月31日、胃癌のために死去[2]。57歳没。墓所は多磨霊園。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 人事興信所 1959, そ36頁. ↑ 1960年 1月31日 読売新聞 夕刊 p3 参考文献 人事興信所 編『人事興信録 第20版 上』人事興信所、1959年。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 先代田代茂樹 東洋レーヨン社長1948年 - 1960年 次代森廣三郎 Related Articles