当時10年しか存在しない幻の都と言われていた長岡京を研究、発掘、発見、譲渡した。
昭和二十四年に研究開始、二十五年、向日市寺戸町にて独自の調査により長岡京で使用されていた瓦を発掘、二十九年にはこの瓦を焼いた窯跡を長岡京市奥海印寺の川原谷にてこの瓦を焼いた窯跡を見つけた。長岡京を存在を実証する大発見だった。川原谷は瓦谷だった。昭和三十年には阪急西向日駅北にて大極殿へ入る重要な門、会昌門を発掘した。これらは全て自前の作業だった。袖岡が第一発掘者[要出典]
袖岡の発見、発掘は、昭和25年(1950年)より関係各所へ長岡京発掘調査の手柄を渡し続けた。[要出典]