裴諏之
From Wikipedia, the free encyclopedia
人物・逸話
- あるとき裴諏之は常景から書100巻を借り、10日ばかりで返した。常景は諏之が読んでいないのではないかと疑い、巻ごとに問題を出してみると、残らず応答してみせた。常景は驚嘆して「応奉が5行まとめて読み下す速読を得意とし、禰衡は一度読むと暗記してしまったというが、いまこれを裴君に見たぞ」と言った[5][2][3]。
- 楊愔の一門が改葬することとなり、諏之にとつぜん十数点の墓誌の製作を依頼したが、完成した墓誌の文章はいずれも見るべきものがあった[7][8][3]。
- 諏之は兄の裴譲之や皇甫和の弟の皇甫亮とともに洛下で名を知られた。当時の人は「諏之は譲之に勝り、和は亮におよばない」と評した[7][8][6]。