明の永楽帝は、三宝宦官の鄭和を南海から中近東に派遣して土地風俗を見聞させた。一方、陸路で結ばれている西域各国の土地風俗についても知る必要があると考え、陳誠・李暹ら外交官5使を西域に派遣した。
馬歓による『瀛涯勝覧』で、明の永楽年間の海路沿いの西洋各国の状況が把握でき、陳誠の『西域番国志』と『西域行程記』でティムール帝国を含んだ陸路西域各国の状況と朝貢関係が把握できるので、これらで永楽帝の外交政策の全貌を知ることができる。
『西域番国志』の記録は『明太宗実録』・『大清一統志』・『殊域周咨録』・『咸賓録』などにも少なからず引用されていることからも、この書籍の重要性をうかがい知ることができる。